「悪徳町長・悪徳記者」騒動の顛末

岩川 徹・大熊一夫



根も葉もない匿名談話を散りばめた本によって、「悪徳町長」「悪徳記者」のレッテルを貼られるという災難に巻き込まれました。
 本の著者は朴姫淑・旭川大学保健福祉学部保健看護学科准教授、被害にあったのは秋田県旧鷹巣町の元町長・岩川徹と、ジャーナリスト・大熊一夫です。
 東京大学大学院人文社会系研究科社会文化研究専攻社会学専門分野博士課程で社会学博士号を受けたという「博士論文」が土台になった本で、2014年1月30日にミネルバ書房から出版されました。題名は

地方自治体の福祉ガバナンス
「日本一の福祉」を目指した秋田県鷹巣町の20年

本を開いて仰天しました。岩川政権時代の福祉政策を快く思わない勢力に属する人々の無責任放談が、裏付け調査もないままに、書きつらねてありました。  たとえば、岩川に関して次のような表現がありました。

「佐藤製薬の株主である。ケアタウンの薬を佐藤製薬から納品させる。自分の薬屋にも佐藤製薬の商品、オムツなどを入れる」 「彼は【略】佐藤製薬の株主である。ケアタウンの薬を佐藤製薬から納品させる。自分の薬屋にも佐藤製薬の商品、オムツなどを入れる」【50代男性、民間福祉事業者、2005年9月面接調査】【326頁】

大熊に関しても、こんな調子です。

「(鷹巣町が)年間300万円、500万円、相談料を大熊さんに支払う」【70代女性、ボランティア会長、2005年9月面接調査】【327頁】

これが真実なら、岩川町長は公職ポストを悪用した汚職町長です。大熊は町から何百万円もかすめ取る悪徳記者でしょう。  しかし、これは全くの事実無根です。岩川と大熊は、弁護士を立てて訂正を求めました。

当初、名誉毀損の民事訴訟に持ち込むべきと考えました。ただ、裁判にはとてつもないカネと時間がかかります。結論として、私たちは訴訟の道を保留し、本の記述の中の一点を指摘して、訂正文を出させる道を選びました。
 訂正文は、以下の通りです。

しかし、悪徳町長・悪徳記者の汚名を着せられた無念を晴らす闘いは、これからだと思っています。言論で仕掛けられた勝負ですから、言論でお返しするのがのたしなみというものです。

さて、冒頭にも申しましたが、学術書にあるまじき杜撰な記述は、拾い出したらキリがありません。岩川がざっと読んだだけでも、以下のような表現が見つかりました。

P75当初、(鷹巣町福祉)WG会長として住民を「指導」したものは、長年デンマークで修学・活動を続けてきた伊東敬文という人物であった。
【誤り。WGはワーキンググループのことで合議制の団体だ。会長は存在しない】
P91結局のところ、1994年3月議会でケアポート計画予算が否決されるとともに、反体勢力の中心人物である藤嶋健一議員が1年後の町長選挙に名乗りを上げた。
【誤り。藤嶋健一は議員ではない。教育長を辞して町長選に出馬した。「反対勢力の中心人物」でもなかった】
P93WGが中心となってケアポート実現のため署名活動を展開したことが批判された。
【誤り。署名活動を推進したのは「ケアポートを実現する町民の会」だ】
P93表3‐1は、福祉に関する経費支出の項目別内訳であるが、4年間の福祉関連講演料、招待費、飲食接待の経費である。(略)町長の講演、デンマークの大臣招聘等、総額1560万円を超える。
【誤り。行政の予算項目に「飲食接待費」は存在しない。岩川が自身の講演料や、デンマークの大臣招聘費用を予算に計上したことは一切ない】
P97鷹巣町でも「議会軽視」という反対勢力の批判があったが、それは手続き的不透明性を指摘することである。
【「不透明」の根拠を示してない。これは反対勢力の代弁に過ぎない】
P99企業誘致は結果的に「フジック」1社に過ぎなかった。
【「フジック」は「フジソク」の誤り】
P104WGを中心に、福祉政策を支持する住民は翌年の町議会選挙に議員を送り出す動きを始めた。
【誤り。WGが町議候補者を擁立した事実はない】
P137議会では、デンマーク関連予算について問題提起が多かったが、それらは不透明な福祉予算執行を攻撃する方向へ展開した。
【ここもP97と同じで、「不透明」とする根拠や具体的事実が描かれていない】
P187「公人以外の人物(岩川夫人)が同行している」ことをあげて、「公私混同の実体が明らかになった。(公費で賄われた)旅費を目的外のことに利用した」と、詳しい事実関係は「外部監査の調査を待ちたい」と述べた。
【誤り。このデンマーク研修は、鷹巣町、鷹巣町社会福祉協議会、たかのす福祉公社、一般参加のメンバーで挙行された。鷹巣町の岩川町長と秘書以外の費用は、それぞれの団体や個人が支払った。町長の妻こずえは自費参加した。「公私混同」「公費流用」が事実なら警察に告発される事態だ】
P250居住者だけで構成されたWG,その要望を実現した公営住宅建設は、居住者以外の住民との合意に問題を呼び起こした。
【文章の意味不明は別として、公営住宅建設は国庫補助事業。一戸分の建設面積、補助単価(1㎡)、補助総額は国の基準で決る。全ての自治体はこれに基づいて実施するので「贅沢」の入りこむ余地はない。高野尻町営住宅の建替え40戸は、全体計画、総事業費の全てが議会の承認を得て進められた。建築そのものは担当課が責任を持った。また事前調査で、全員の継続利用が確認されていた。この事業は、国のルールに従って建設された住宅に、これまでの居住者が「転居」するだけ。裁量の範囲である「間取り」「屋根の色」「建物の色」などについて、現在、住んでいる人の意向を取り入れる目的でWGが作られた。建設そのものを要望したものではない】
P251ここで「贅沢」というのは、自治体の財源を投入して建設される低所得者向け住宅の水準について、受益者の居住者と納税者の住民の間には、ずれがあったことを意味する。
【住宅の居住者も納税者。条例による入居資格審査を経て住んでいる。家賃も納めている。他の納税者と軋轢が生じる理由は全くない】
P252それについて、鷹巣出身の県議会議員津谷永光は、負担と給付の公平性の問題をあげて、高野尻町営住宅建設過程を批判した。「社会的に立場の弱い人々に住居を提供することは、行政として大事なことではあるが、若い頃健康で働く機会があったにもかかわらず、仕事を探す努力もしないで、生活保護に頼っている人々がいる。(略)そのように真面目に生活している人々が、このような町営住宅の現状を知ったときに感じる不公平感は大きい。(略)」
【意味不明。弱い立場の人への配慮を欠く発言である】
P253しかも、その問題解決が「税金で家を建て替える」という、きわめて公的な問題であるとき、問題解決の主体には、居住者だけではなく、行政はもちろん、税金の使い方を決める議会、納税者としての住民も含まれるものではないか。
【意味不明】
P321「はっきり言うと、岩川町政は、この町からものを買わない。それにいちばんみんなの反感がある」
【事実と異なる。発言の根拠が述べられていない。事実確認もない】
P321「設計者は鷹巣にもいっぱいいるのに、秋田市、東京からつれてきた。ここでは発注しなかった」
【事実と異なる。発言の根拠が述べられていない。事実確認もない】
P325「同じ介護が必要な人がいても、お金がないと入れない」
【誤り。発言の根拠が述べられていない。事実確認もない】
P326こうして行政の不公正に対する批判は、地元住民と外部者を差別する地元優先主義に展開した。まず、ケアタウン建設において地元業者を使わないことへの不満が多かった。
【事実と異なる。発言の根拠が述べられていない。事実確認もない】
P327「できれば地元の人を採用してほしかった。」
【事実と異なる。発言の根拠が述べられていない。事実確認もない】
P327「しかし鷹巣で働いている人は鷹巣出身ではない。よそから来た人である。」
【事実と異なる。発言の根拠が述べられていない。事実確認もない】

一方、大熊に関する記述には、冒頭のような明確に事実に反する表現もありますが、「敢えて事実を無視する」という恣意的な姿勢もみられます。
 朴さんは、ジャーナリストの大熊が鷹巣福祉を支援することを、快く思っていなかった節があります。大熊には鷹巣福祉を特別に高く評価する訳があることを著書などを通じて知っていながら、意図的にか、そこに触れようとはしないのです。

大熊が鷹巣福祉を応援する理由は、大熊が書いた「つくりごと」(創出版)という本の冒頭を読んでいただければわかります。岩川が冤罪事件に巻き込まれた顛末を綴るこの本の出版は2012年5月です。研究者の朴さんが読んでないとは思えません。

 かつて、秋田県鷹巣町の高齢者福祉は、文句なしの日本一だった。
 1993年には、日本の自治体として初めて、「ホームヘルパー24時間サービス」を始めた。最盛期、61人もの常勤ヘルパー(正職員33人、臨時職員28人、ともにフルタイム)が、220人の要介護高齢者の在宅生活を支えていた(今現在でも、ヘルパー24時間サービスの自治体は、全国に12ほどしかない)。
 1999年、全室にトイレの付いた20平方メートルの個室の老人保健施設(80室)や短期入所施設(30室)ができた。これに補助器具センターや給食センターやケアハウスなども加わって在宅複合型施設「ケアタウンたかのす」と呼ばれ、これを、たかのす福祉公社が運営した。
 全国的な評判をとった。年に4千人もの見学者がやってきた。
 町内4カ所に365日稼働のデイセンターができた。1日3食365日無休の配食サービスもあった。認知症のお年寄りのためのグループホームが町の真ん中に開設された。身体拘束などの虐待をゼロにすることを目指して、介護職員の教育に重点を置いた「高齢者安心条例」も制定された。
 それやこれや、今日の高齢者福祉のモデルになるようなメニューが、1990年代の鷹巣町にはほぼ揃っていた。
 これらは、1991年に登場した町長・岩川徹の政権下で誕生した。
 当時の鷹巣町の人口は2万2千人。町の一般会計予算は約90億円。この中から「ケアタウンたかのす」に約1億円を拠出した。日本の人手の標準は「入居者3人に看護・介護職が1人」なのだが、ケアタウンは「入居者1・5人に看護・介護職1人」、つまり2倍だった。この町独自のスペシャルサービスのおかげで、入居者が恥ずかしい思いをしたり屈辱的な目にあったりすることが、他の自治体に比べて格段に少なかったことは、容易に想像できる。
 ジャーナリストの私は、1970年に患者を装って精神病院に潜入入院して「ルポ・精神病棟」を書いた。それからというもの、精神病院や老人病院の「縛る」「閉じ込める」「薬漬けにする」の現場をいやというほど見てきた。日本は三流福祉国だなぁ、という思いが募った。そんな地獄の現場の数々にうんざりしていた私の眼に、鷹巣福祉は砂漠のオアシスのように映った。
 私は、現在の介護保険制度だけでは、家族の介護地獄からの本当の解放は不可能だと思っている。この制度は、無いよりはるかにましだが、介護保険料だけでは日本の高齢者を支えるための介護労働を賄えない。そこで、介護地獄解消を真剣に考えた鷹巣町のような自治体は、介護保険制度に基づくサービスの上に単独の財源を使って自治体独自の政策を乗せる、いわゆる「上乗せサービス」を実行した。
 大事なことなので具体的に言おう。介護保険制度はサービス利用料の1割を利用者が負担することになっている。この利用額には上限があり、限度以上に利用すると、オーバー部分は利用者が全額を負担しなければならない。ところが鷹巣町は同町に住む人に限って、オーバー部分も1割負担にした。これで重い障害のある高齢者を抱えた家族が救済された。逆にいえば、この方法でしか、町から介護地獄を放逐する道はなかった。
 そんな抜群の高齢者支援政策に、私は魅了された。だからこそ今日まで、鷹巣ウォッチングを続けてきたのだ。  

(『つくりごと』第1章より)

朴さんの本には不正確・不公正な言葉を裏付けなく引用する記述があまりに多すぎるのですが、その大問題を差し引いても、社会学者として、これだけの活字を使って、7000円もする本に仕立てて、そもそも何を言いたかったのか、どんな発見をしたのか、が判然としません。

朴さんが東京大学大学院で博士号をとったときの博士論文を読みましたが、内容はこの本とほぼ同じです。
 本のあとがきには、博士論文の指導教官は上野千鶴子さん、博士論文審査委員は武川正吾さん、大沢真理さん、松本三和夫さん、庄司洋子さん、とあります。そして出版の労をとったのが社会福祉書籍の老舗ミネルバ書房です。
 皆さんは、事実でもないことを確かめずに書き連ねたこの論文を、本当に、お読みになったのでしょうか。指導したのでしょうか。審査したのでしょうか。
 これら日本の学問を背負っておられる権威の皆々さまは、大学院教官として出版元としての大きな責任があることを、自覚しておられないのでしょうか。

以上の私たち二人の拙文が、もし皆様のお目に触れる機会がありましたなら、ぜひとも、忌憚なきご意見を賜りたく存じます。

【2014・8・20】

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